STORY
ストーリー
誕生秘話
ソーラーD社のCEO、マシュー・コレット(以下、マット)は、幼い頃から、「エメラルドシティ」とも呼ばれるシドニーの美しい海辺で育ち、アウトドア文化を楽しんできました。
ボンダイビーチの有名な砂浜でニッパー(若いサーフライフセーバー)として活動を開始し、その後、クリケット、ラグビー、サーフィンなど、様々なスポーツに取り組みました。
スポーツを楽しむライフスタイルは、マットの3人の子供たちにもしっかりと受け継がれています。
マットは、ボンダイ・ボード・ライダーズ(80年代に創立され、シドニーにおけるサーフィンコミュニティの重要な部分を担うクラブ)に長年貢献をしてきました。
また、クリケットチームとラグビーチームのコーチを務め、キャプテンズ・ライド(希少疾患患者を支援するスティーブ・ウォー財団の寄付金を募るための6日間にわたる960キロのサイクリング)や、
スミス・ファミリー・チャレンジ(2日間にわたる200キロ以上のランニング、サイクリング、ローイングからなる過酷なイベント)、
シティ・トゥ・サーフ・ミニマラソンいった長距離チャレンジを通じて、慈善団体の寄付金集めにも積極的に参加しています。
紫外線大国オーストラリアでは、安全にアウトドアの活動をするために、「スリップ(長袖の上着を着る)・スロップ(日焼け止めを塗る)・スラップ(帽子をかぶる)」が長年にわたって推奨されています。
マットもその推奨をちゃんと実践してきました。そして、ある時、ビタミンD検査を初めて受け、前述のように人生のほとんどを屋外で過ごしてきたにもかかわらず、自分がビタミンD欠乏症であることを知って、大変驚きショックを受けたのです。
オーストラリアの人口の80%は海沿いに住み、ビーチや遊歩道でのアクティビティを楽しんでいるにもかかわらず、人口の4人に1人はビタミンD欠乏症なのです。
マットはその原因が日焼け止めによるものであることに気づきました。
そして、「日焼け止めを安全に使用しながら自然なレベルのビタミンDを生成し続けるにはどうすればよいのだろうか」と考えるようになり、
それが「UVBフィルタリング技術」につながって、ソーラーDが誕生したのです。
日本への導入秘話
そのきっかけは、ビタミンDをこよなく愛するドクター、ホリック博士との出会いでした。
ボストン大学の教授であるホリック博士は、長年に渡ってビタミンDの研究に没頭してこられ、数多くの論文や著書を執筆されています。
2019年、カナダの学会でホリック博士のビタミンDに関する素晴らしい講演を拝聴したことが、ソーラーDとアンブロシアの出会いでした。
大きな感銘を受けた講演後のランチの時に偶然にもテーブルが同じとなり、ビタミンDのお話が更に続く中、ホリック博士が「すごくいい日焼け止めがあるんだよ!」と教えてくださったのがソーラーDだったのです。
その時はすぐに輸入しようとは思いませんでしたが、翌年3月より新型コロナウイルス感染が拡大し始めた時、「今こそホリック先生からの学びを活かし、ビタミンDの大切さを広めなければ!」と思い立ち、ソーラーDを日本へ輸入することを決心したのです。
Dr. Michael F. Holick, MD, PhDについて(出典:https://www.bumc.bu.edu/busm/profile/michael-holick/)
ボストン大学医学部教授。ホリック博士は、人間の栄養に必要なビタミンDの生化学、生理学、代謝学、光生物学の分野で多くの貢献をしている。
ホリック博士は、ビタミンDの不可欠な供給源としての日光浴の推奨を世界的に確立させ、ビタミンDの欠乏が、成人における代謝性骨疾患や骨粗鬆症を引き起こすだけでなく、
子供や成人の子癇前症、致死性の高いがん、統合失調症、結核やインフルエンザなどの感染症、1型糖尿病や多発性硬化症を含む自己免疫疾患、
2型糖尿病、脳卒中や心疾患などを発症するリスクを増加させているという点について小児科その他の医学界に認識を広めている。
ホリック博士は、米国内科学会専門医、米国栄養学会フェロー、米国医師会会員である。
国立衛生研究所の一般臨床研究センタープログラム臨床研究優秀賞、米国栄養学会のコミュニケーションメディア賞、米国ベストドクターズ、機能性医学学会のライナス・ポーリング機能性医学賞、ライナス・ポーリング人間栄養賞など、
数多くの賞や名誉を授与されている。ホリック博士は、数多くの国内委員会や編集委員会の委員を務め、いくつかの国際シンポジウムを企画・共同主宰している。
また、内分泌学会の「ビタミンDに関する診療ガイドライン」の議長を務め、400以上の査読付き出版物、200以上の総説、多数の本の章を執筆している。
さらに、13冊の書籍の編集者および共同編集者を務め、2004年に「The UV Advantage」、2010年に「The Vitamin D Solution」を執筆し、アプリ「dminder.info」の開発にも携わった。